他愛ない設定


風邪を引いて仕方なくドラッグストアに風邪薬を買いに行く。どれも効きそうなことが書いてあるので悩んでしまって店員さんを呼ぶ。風邪を引いて風邪薬を買いに来ているということがなぜだか急に恥ずかしくなって来た。架空の弟を作り出す。

「どういう症状ですか?」
「弟が風邪を引いていて、熱があって頭痛がするようです。」
「喉は?」
「喉もそうですね。」

喉は痛むけれど、僕が風邪声では店員に僕の作り話がバレるかもしれないし、弟の風邪が移った人と思われるのも何だか恥ずかしいので、出来るだけ普通の声で話すよう努力する。店員さんはあまり強そうでない薬を僕にオススメする。僕は急を要していて酷く頭が痛むので、もっとゴリゴリしたものがいい。架空の弟に新しい病状が追加される。

「弟はかなり悪いようで出来るだけ早く効いて強いものが良いようです。」

 度々こういう他愛ない設定を付け加えてしまう。

 床屋では毎回違う設定をつける。髪の毛を切りにきた理由が必要な気がする。
「明日は大事なプレゼンがありまして」だとか「明日は大切な人に会うんです」とか特に予定もないけれどとりあえず明日何かがある、と相手に言っておきたい。

 だいたいそんなことを付け加えようが相手は知ったことではない。受け流されていくセンテンスを見守りつつ、僕はとりあえずそのセンテンスが放たれたことに安心する。

 それなりに知っている人としかうまく話ができない。急に一文字一文字がつっかえて単語の配置を間違える。間違いが重なって何を喋ってるか分からなくなる。僕が僕として話す言葉なら不安定ではあるがまだ掴みようもある。僕が僕であって誰でもない人として話す言葉には掴みどころがない。違う誰かになるしかない。

 「何をされているんですか?」と聞かれるのは非常にまずい。「アーティストです」と言ったがばっかりに 勝手に相手の頭の中で低く見積もられるのは堪え難い。かと言って説明するほどのこともない。最近は「映像の加工編集納品を承っております。」と言う。

 雨の土曜日、なんとも気楽な午後を過ごす。僕は誰で、いま何をしていて、これから何をしようとしているのか。そんなことを考えながら長くなってきた髪の毛をいつ切ろうかと考える。




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