Sheepshead Dog Day Afternoon














 さて、羊頭狗肉とはなんと反抗的な響きのある言葉か。

 実際の意味は「羊頭を掲げて狗肉(犬の肉)を売る」 見せかけは立派だが実物は違うという意味だけれど、僕は内側に潜む暴力性を無音の不気味さで隠しているような危うさを感じる。

 痩せ細った黒い野良犬を追いかけて港を歩く。
遠い国で見つけたその犬は如何にも狂犬凶暴で、目は赤く狂っていて口元は汚らしい粘液で濡れている。黒い毛はべっとりと骨にこびりついていて、ところどころ毛羽立っている。定まらない足取りでフラフラと進む。白昼、薄い灰色のアスファルトは太陽の鋭い光で熱くなっている。ぐったりと横たわるビール瓶の口から胃液が流れ出る。だらりとのびた胃液がアスファルトに黒いシミを残す。分厚いロープが係留柱の首を締め上げる。沖へ流れようとする舟に引っ張られてロープはさらに強く係留柱の首を締め付けて行く。10M 間隔でアスファルトに練り込まれた係留柱の一列は痛々しく耐え続ける。
 犬は何に構わうでもなく進み続ける。どこから来て、どこへ向かっているのか。
海は穏やかに波を刻む。真っ青な海は太陽光を吸収して暖かくなる。

 自転車でフォートウィリアムを抜ける。山の斜面に放たれた羊の大群に出会う。近づいてくる何者かに気づいた羊群が一斉にこちらを向く。大多数は数秒で興味を失って昼食の途中だったことを思い出す。四、五十の上顎と下顎が活動を再開する。くすんだ白い羊毛に青緑色のスプレーで記号が書かれている。一匹の羊が未だに顔をこちらに向けている。その表情は睨むでも見つめるでもなく、ただこちらに顔を向けている。顔は時が止まったように動かない。その羊の四角い目を見ていると S・カルマ氏が吸収未遂したラクダの気分になる。黒目の奥にぽっかりと空いた空洞はどこに繋がっているのか。その空洞に私はすでに取り込まれただろうか。もしそうなら空洞に吸い込まれた身体は粉々になって消え散ったに違いない。羊内の私が分散していくのと時同じくして現実の私の分裂が始まる。
 堆肥を積んだミキサー車が自転車を追い越す。鼻につく匂いが30M先まで続く。山脈を道路が分断する。ふくらはぎが数百マイル分の痛みを思い出す。現実に戻っていく。

 狗の肉と羊の顔を持つ。鋭い血肉を躍動させ、無機質な顔でどこでもない場所へ誘い出す。なんと奇々で素敵な存在か!


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