暮夜、柔らかな蛹化








 銀座商店街と名のつく商店街は全国各地に存在する。その銀座商店街もあらゆる地方に存在する「銀座商店街」同様、ブラックホールに吸い込まれ損ねて当てもなく漂う。アーケイドの入り口、電飾看板の死骸、虚しく形を残す「銀座商店街」という文字をなぞる数十の電球は二度と輝くことはない。
 左右ずっと向こうまで伸びるシャッターの壁に挟まれて息苦しくなる。シャッターの奥には誰もいない。何もない。遊歩者の亡霊もいない。ただ空洞が広がる。置き去りにされた店は眠り続ける。
 シャッターに描かれた色褪せたグラフィティを指でなぞりながら歩く。指は埃で真っ黒になる。赤い線を黄色で縁取った fuck という文字は虚しく叫び続ける。作者不在の文字はその強度を増す。真っ黒になった中指をお前のために立ててやる。
 天井に向かって真っ直ぐに立つ中指が己を惨めな気分にさせる。急に馬鹿らしくなる。 暗闇が喉を鳴らして笑う声が聴こえる。

 薄暮、地平にできた夕日の残像を暗闇がスプーンですくい取って食べる。次第に暗闇の腹は膨らみ上がる。大きく口を開けるメタボリックな暗闇に吸い込まれまいとプランクトンは光にしがみつく。廃れきった商店街に逃げ込む。アーケイドの天井、一列に並ぶ灯は誰もいない商店街をうっすらと照らす。その低い光度では光は地面まで届かない。それでもプランクトンは安堵する。


 大看板は幾度となくポスターが貼られては剥がされ、その破片の層だけが今も残っている。ただれた紙の層の奥でベニヤ板の木目がこちらを睨んでいる。こちらの正体を見定めるように睨み続ける。

 五層の皮膚がめくれ上がった男が現れてブヨブヨとした白身をこちらに見せてニタニタと笑う。皮膚で隠された芋虫がお前の正体を明かす。白身に針を突き刺す。薄い緑色の液体が溢れ出す。一帯を青臭い匂いが広がる。


 15年前、商店街の一角にあった中華料理屋はその隣数軒を巻き込む火災で消滅した。12年前、空き地になったその場所に小さなスーパーが出来た。商店街は新たな求心力を歓迎したが、開店早々に食中毒事件を起こし瞬く間に姿を消した。

 今もぽっかりと空いたスーパーの駐輪スペース一帯を寝床にする十数の人は野良犬を抱えて暖をとる。寝床の前を通過する人影を数十の目はじっとりと追いかける。野良犬が吠え出す。シャッターに反響して音が人影に襲いかかる。人影は走って逃げる。




 出口が近づいてくる。天井の灯もここまで。微かな光に群がり飛び交う虫は朝を待つ長い夜を永遠に繰り返す。彼らにサナギ以前の記憶はない。彼らは二度、卵から生まれる。

 五層の皮膚がめくれ上がった男が後ろから近づいてきて問いかける。皮膚の底に芋虫を抱えた我等は何を待つサナギになるか?と。黙り込む回答者の身体の奥底で芋虫の足先がエクジソンの海に浸る。



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