catch 23 全くもってくだらない









 23歳になった。最近の僕は何が良いって心の中がやけに熱い。それは灼熱ピーカンというような爽快なものではない、そりゃあそうだろう。僕は昔からそんな爽やかセーネンではない。もっとドロドロとした血のようなものの沸騰である。


イギリスで面白いか面白くないかもわからん現代アートを勉強する中で僕だからつくれるものはなんなんだろうって悩んでいた時期もあった。現代アートの「パワーでねじ込むだけが脳じゃないんだぜ、押して駄目なら引いてみろ笑」みたいな鼻につくスタンスがシャクに障った。だけどそれが嫌いって言って逃げるのは嫌だし、そういうのが今の王道なら一発そこで勝負したい、一泡吹かせたい、という思いがある。最初はよくわからんかったが、それでも数年勉強すれば現代アートも奥深く興味深い世界だと気づいた。だからどっぷり飛び込んでみることにした。僕はまだまだ追いつかないけれど「なんかやってやれる」そういう自信がある。


 ここ数年いろいろ勉強して成長する中で幼い頃から持ち合わせていたドクドクした熱の塊のような堪えきれない衝動が身体の中から抜けていく感覚があった。ようわからん理論やら哲学を勉強していると身体という器では押さえきれない程に力強く鼓動していた「熱」が炭火焼き肉の備長炭くらいのお手頃サイズになっていく感覚があった。
 だけど今、僕は自分の身体の中で躍動するソレが次第に大きくなっていくのを感じている。それは自分でも明確に掴む事の出来ない様々な事に対する「怒り」や「どうしようもなさ」が根源である事はわかる。最近の作品は絵画も映像も静かなものが多い。だけれど、それを作る僕の作品への態度は執念深く暴力的でありたい。


 いま日本が向くべき方向はそっちじゃない、そういう気持ちはある。答えを出さなければならない時代に僕はまだ追いついていない。
 これからどうなるのかはわからない。世の中のくだらなさはどうしようもないほどに苛立たしいが、僕が産まれた時代はそういう時代で僕が産まれた場所はそういう場所だ。自分だけが自分のしたいことが出来る世の中であれば良いと思うなら、このまま変わらない事を望む。それではいけないと思いつつ、だけど同時に僕は全ての人間の平和など願えない。イギリスで何年も住んでよくわかったけど、僕には到底理解出来ない人々が沢山いて、ましてや何十億の異なる人間によって構成された世界の中で、分かり合おうだとか僕には出来ない。
 嫌いなモノが沢山ある。八つ裂きにしたいほど腹立たしいモノも中にはある。世の中は8:2くらいの割合で好きになれないものばかりだけど脳裏に焼き付いた風景や好きな場所や大切なモノがある。一生し続けたいコトがある。今の時代をしっかり生きていきたい。



コメント

  1. 応援してます。美術しか無い美大生を持つ母親があなたの作品を見て驚愕し、そして見守ってます。

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    1. コメントありがとうございます!これからも頑張ります!

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