トゥ園庭と塔



 僕はこのような本を読んだ。



 トゥ園庭の見慣れない植物は不格好であったり不憫な雑草のようなものでさえ聞き慣れない学名によって その園庭に生かされている。植物は僅かに残るスペースを見つけては我先にと浸食を続け、園庭は日に日に密度を増していく。その密度は降り注ぐ光を反射し、その異様な反射光は園庭を平面的にする。(中略)トゥ庭園の中心には塔がある。塔は庭園と対照的に常に伽藍としているようにここからは見える。その真っ白な伽藍堂は天へと沈み込むようにそびえ立つ。遥か遠くに見える塔は鬱蒼とした園庭の湿度の奥先で揺らぎ続けている。『トゥ園庭と塔(序文抜粋)』




 イギリスに来て暫くになる。22歳になったので、久しぶりに気晴らしの日記を付けてみようと思う。毎年続けているバースデーブログである。

 1年を振り返れば、4月にスコットランドの映画祭で人形アニメ界の巨匠、クエイブラザーズと会うチャンスがあって、映画祭の人の計らいで会場までの送迎車で同席することが出来たことは一番のビッグサプライズだった。緊張してどう話していいのか分からんかったが車での30分間とそのあとカフェでお話をして何となく近づくことが出来た。その後、同じ映画祭で「ANGEL」の監督パトリック・ボカノフスキーにもお会い出来た。新作の上映後、心の内側から熱くなるものを覚えた。ボカノフスキーは小柄なおじいさんで僕が声をかけると、前にも一度僕と会ったことがあるような気がする、とおっしゃっていた。勿論会ったことはないが、僕もどこかで見たことがあるような気がしていたので不思議な気分になったが、嬉しかった。

 一昨日、マンチェスターに住んでる二人の友達の家に遊びにいった。マンチェスターには産業革命の後に残ったボロボロの工場が今でも残ってて、カメラ持って探検した。レンガ作りの廃屋を見つけて、無数の防犯カメラ、真新しい鉄の扉、補修されたレンガの跡などを見つけて、もしやココはかつてアレの密売場だったんじゃないかって想像して笑った。なんか小学生のときに家の近所の火事現場で友達と毎日探検してたのを思い出した。マンチェスターの友達の一人は同じ学科の上級生で去年卒業した。今は実家のアフガニスタン料理屋を手伝いながら料理屋の上の部屋をアトリエにして作品を作っている。もう一人はロンドンによく遊びに来てたから仲良くなった。俳優志望でいつも映画の話をしてる。来年の夏には日本に帰国する僕も皆も将来のこと何も決まってないけど、僕も皆も希望を持ってると思った。




 この一年、急激に成長したような感じがする。前から二、三番目だったのに次の朝礼では一気に真ん中を飛ばして後ろの方にいるような肉体的な成長を感じる。それと同時に血の巡りの悪い巨人のような非効率的な日々の中で、僕の構えた斜はその斜度を急なものにしていっている。お前らには負けない、お前らには歯が立たない、反骨精神なのか何なのか、捻くれ曲がったそういう類いの熱が身体の中で昔よりもひどく強く響き続ける。
 僕は力が好きである。スピードが好きである。しかし残念ながら僕の身体は朝寝坊して慌てて家を出たばかりに肉をごっそり枕の横に置いて来てしまったような骸骨感がある。だからこそ僕はこの美術というフィールドでは全員をボコボコにして勝ちたい。

僕は今までなんのために作るのかと考えて来た。ちやほやされたいから、作るのが好きだから、人に見てもらいたいから、色々な理由が頭の中を常に変形し、無形でありつづける。でも理由はぐるぐる回りながらもなんだかんだで作ってる。それで良いし、そんなもんなんだと思う。最近、僕は芸術の中心にある核のような部分、無風で、神聖で崇高な場所の存在を感じる。それは成功とはほど遠い場所に存在するものなのかもしれない。霞を食べて生きるような実践が必要なのか、僕にはまだよく見えないが、そんなような場所に惹かれる。

 そしてもう一つ、僕は芸術は社会から切り離れたものだと思って作ってきた。だけど最近、なんか人類っていうものが後何年もつんだろうって怖くなってきた。今の僕の現状はただの学生でそんな壮大なこと言ったってしゃあないって話かもしれんが、だけどやっぱり美術を見る場所、見る人を大切に残していかないといけないって思う。

 話は色々飛んだけど22歳も万事快調オールライトで園庭の中を遊びながら進んでいきたい。










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